栃木いのちの電話開局35周年、その間のご苦労に感謝しています。精神科医は、普段から
患者さんの自殺問題と向き合って仕事をしています。死にたいと訴える多くの患者さんと
接して感じることは、自殺問題が患者さん個人だけの問題ではないことです。多くのケース
は、いろいろな要因が重なっている社会的問題です。
 今の日本社会はとても行きづらい社会です。利口で賢く、要領よく物事をこなす人間が勝
ち組で、それができない人間は落ちこぼれの負け組、となってしまいます。何とも、抑圧感
と閉塞感の強い社会となっています。ありのままの自分、率直な自分で生きられないのが問
題だと思っています。
 うつのなる人、死にたくなる人は「ありのままの自分」を受け入れることが苦手です。
こうしなければダメだ、もっとうまくやらなければダメだ、人と比べてダメだ、など否定的
な自分が強くなっています。
 死にたい人は、「生きていることが迷惑」と「自分の居場所がない」という否定的な思い
に支配されています。それこそ、自分を追い込み、社会からも追い込まれた状況に陥ってい
ます。
 このように生きづらい世の中で、「いのちの電話」は誰にでも開かれています。そして、
死にたい人を社会の迷惑者や落伍者とは見なさないで、避難することなく、そのまま受け入
れ、その生きづらさを傾聴します。
 この根気と忍耐を要する皆さんの関わりが、死にたい人のいのちを支えることになります。
死にたい人の「ありのままの自分」を受け入れ、社会の中でのささやかな「居場所」になっ
ています。そして、再び、「生きていてもいい」という気持ちが持てる場所でもあります。
死にたい人にとっては、「いのちのオアシス」なのです。
もちろん、いのちの電話だけでは、自殺問題はは解決しません。問題に応じて関係機関に繋
げることも必要になります。また、その重要な役割を気持ち良く果たすためには、いのちの
電話の相談員の皆さんのメンタルヘルスも大切です。
 これからも、それぞれの関係機関や団体が連携して、死にたい人を、1人でも多く生きて
いきたくなるように取り組みたいと思っています。