心理臨床の現場で最も大切とされるのは、相談者(クライエント)との信頼関係である。
クライエントとカウンセラーとの信頼関係を基盤にして、カウンセリングは進められていく。
クライエントとの“つながり”をまず築こうと、初回面接では「クライエントは何を求めて
いるのか」、「カウンセラーである自分をどのように見ているのか」とあらゆる神経を使い、
努力をして関係を結んでいくことになる。この“つながり”が強く硬いものであればあるほど、
その後のカウンセリングはスムーズに進むと言っても過言ではない。
一方、クライエントが何らかの理由で相談に来なくなってしまい、相談が中断となる時、
クライエントが「切れてしまった」と我々は表現することがある。クライエントにとって
カウンセラーとの“つながり”は、自分と社会を結び付けるたった
1本の糸であることも少
なくない。この糸が切れるということは、クライエントにとって社会との糸が切れてしまう
ことを意味する。クライエントと社会との間に何本もの糸が結ばれているのであればまだい
いが、唯一の“つながり”だとするならば、その糸が切れてしまうことの意味することの大
きさははかりしれない。

 過去の自分も含めてであるが、若手のカウンセラーはクライエントの関係が「切れてしまう」
ことが少なくない。しかしその事の重要さを自覚するにはまだまだ経験が少なすぎる。「なぜ
切れてしまったのか」、「クライエントが他に社会と結び付いている糸はあるのだろうか」、
「クライエントはどんな気持ちでカウンセリングを受けていたのだろうか」とカウンセリング
プロセスを振り返りながら、クライエントとの関係(“つながり”)を考え直し、二度とクラ
イエントが「切れる」ことがないように自分を省みることが必要となる。

 クライエントはカウンセラーに社会的な“つながり”を求めて相談に訪れる。カウンセラー
との関係を作り上げるまでの間、クライエントはとても不安であり、また逆に多くのことを
期待もしている。こうしたクライエントのさまざまな思いを受け止め、強く硬い信頼関係を
作っていくことがカウンセラーには求められている。カウンセラーは受け手である。クライエ
ントが伸ばしてくるいろいろな太さの糸をしっかりとつかみ、その糸を切らないように保ち、
そして太くし、さらにはその糸をそれから先の社会へとつなげていく役割を担っているのだと
思う。こうしたクライエントの思いをしっかりと受け止めて、我々カウンセラーは常にクライ
エントと向かい合っていく必要があるのだろう。 

 さて、いのちの電話はどうなのだろうか。相談者が求めて電話をかけてくる行為は、とても
とても細く、とても脆い糸(“つながり”)であるように感じられる。この糸を断ち切らない
ように、とても注意深く、相談者との信頼関係を築き、そして強く、硬く、太いものとして
その先の社会へとつないでいく役割があるのではないだろうか。