いのちの電話(日高 茂暢)

広報誌 栃木いのちの電話 第109号

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広報誌 第109号 / シリーズ 絆

いのちの電話
作新学院大学 人間文化学部
作新学院大学院 心理学研究科 認知生理心理学研究室 日高 茂暢

はじめて『絆』に寄稿させていただきますので、自己紹介がてら「いのちの電話」という活動について感じていることを書きたいと思います。私の専門は発達障害の生理心理学というマニアックな領域になります。生理心理学とは、人の認知や感情、行動の変化に伴って生じる生理的反応を測定することで、心の働きを理解しようとする学問です。俗っぽい言い方をすれば、脳科学、になります。自閉スペクトラムのある人の共感やコミュニケーション、ADHDのある人の不注意や実行機能、学習障害のある人の文字の認識など、さまざまな心の働きを支える生理反応の特徴を理解することが、発達障害というものの理解や支援の土台になると考えています。

一方で、 このような研究と同時に大切にしていることは、実際の人のリアルな営みです。教科書や専門書に出てくる発達障害の紹介は、 発達障害のある人たちの共通項であり、代表的な困難なのですが、“目の前"の人は、やはり教科書どおりではなく、“その人らしさ"が あり、“その人だけの環境"があり、決して一括りにはできないように思います。その多様な差異は、発達障害が生物学的な基盤だけで なく環境との相互作用で生じる、発達と集団社会の連関なのだと実感させます。マイナーな学説ですが、フランスのアンリ・ワロンも 子どもの人間発達について同様の事を語っています。そのため、子どもの教育や保護者、支援者への支援も、私の中では大切な柱と なっています。

生理心理学の徒でも、臨床心理学の徒でも、最近は1つの領域に特化することが重視され、学問横断的な学びを行う機会が少なくなった ように思います。私が学んだ頃の北海道大学教育学部には、城戸幡太郎教授(教育臨床心理)、留岡幸助・清男教授ら(教育福祉)の教えが学部教育に残っていて、人の「現在の 生活の問題」を扱うことの大切さを繰り返し伝えられていました。また私の出身ゼミの特殊教育・臨床心理学講座では、初代教授、奥 田三郎教授(精神医学・特殊教育)の、知的発達、精神発達、人格発達に課題のある子どもの発達の理解や、治療・教育という支援 実践は、常に科学的に把握され基礎づけられているように、という思想のもと、土曜教室という実践の場がありました。これらの「生 活」の問題を取り扱う発想は、人の「こころ」の問題を扱う世間一般の臨床心理学イメージと異なると思いますが、これも1つの 臨床心理学であると考えています。

さて、「いのちの電話」という活動に翻って考えたとき、電話の向こう側にいるコーラーの生活の問題を取り扱うことは非常に難しい と思います。背景情報がなく、匿名で、相談員と継続しない関係性の中で…。。しかし、同時に、いのちの電話に電話をかける行為が コーラーの現実の生活なのではないか、と感じます。コーラーの「心や生命の危機」に際して、コーラーの「現実の生活」の課題が浮 き彫りになり、それに対する逃避や怒り、不安、甘えなどの様々な感情が表出されるのではないでしょうか。そして、コーラーは相談 員の方との対話を通じて、受容される「ホッと」と、問題解決的な視点を得る「ハッと」の感覚を見いだすことで、今を踏みとどまる のかもしれません。

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