傾聴(兪 幌蘭(ユ キョンラン))

広報誌 栃木いのちの電話 第111号

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広報誌 第111号 / シリーズ listen

傾聴
作新学院大学:人間文化学部・大学院心理学研究科 兪 幌蘭(ユ キョンラン)

われわれは日常生活で様々な人とコミュニケーションをする。例えば、相手から何らかのつらい経験について語られたとしよう。 その経験は相手が話す一つ一つの言葉から聞き手である自分のなかに構成される。しかし、相手の言葉に注目するだけでは十分ではない。 その経験に伴うつらい感情が表情に表われ、その表情を読み取りながら会話が行われたとき、相手は聞いてもらえる感覚を味わえる。 相手が幸せな経験を語るとしても同じである。言葉を通して伝わる感情もあるが、やはり相手の目や顔など、感情を表現する第二の要素に注目しなければ、 十分に通じることは難しいかもしれない。

このように、コミュニケーションには言葉を使うコミュニケーションと言葉を使わないコミュニケーションがある。 前者を「言語的コミュニケーション」、後者は「非言語的コミュニケーション」と名付けることができる。 研究者によって、その分類や定義はさまざまだが、この紙面では耳で聞く言葉、つまり、音声情報を言語的コミュニケーション、 目で見る表情や姿勢である視覚情報を非言語的コミュニケーションとしよう。傾聴とは、話し手が発信しようとする両方の情報、音声情報 と視覚情報に注目し「聴く」ことで、話し手の気持ちに共感することである。

いのちの電話においても、相談員はコーラー(掛け手)の話を丁寧に聴きながらコーラーの自己受容や問題解決の過程に寄り添っていく。 そのかかわりのなかで、傾聴は大きな意味をもつに違いない。ただ、傾聴が音声情報や視覚情報の両方に注目されることで共感する 行為だとすると、電話相談では、相談員とコーラーが対面してかかわることができないため、非言語的コミュニケーションが制限されて しまうことになる。このような制約のなかで、コーラーに聴いてもらえた感覚を感じさせるためにはどうすればいいのか。

ここで、さまざまな心理療法のなかで、私の専門である短期療法(ブリーフセラピー)の実践について紹介したい。 ブリーフセラピーはそのネーミングから、短期間で問題解決を目指しており、クライエントの話はあまり聞かないと誤解されやすい。 しかし、ブリーフセラピーは、問題は個人のなかにあるのではなく人と人との相互作用のなかにあるという視点をもっており、 セラピストはクライエントの力を信じることを大切にしている。こうしたことから、治療場面でのセラビストとクライエントの相互作用の あり方も重要視され、クライエントの変化を促すため、セラピストの言動にさまざまな工夫をしている。例えば、 「そんな大変な状況のなかで、どうやって対処されてきたのですか?」と聞くときがある。この質問は、問題に悩まされなが らも、対処してきたクライエントに共感し、その苦労を労いつつ、クライエントの解決のための努力と問題に対する有効な対処について 気づきを促し、セラピストとクライエントは変化への一歩を両者の共通イメージとして築き上げることにつながる。

物理的に視覚情報を共有しがたい電話相談で、相談員が投げかけるこのような戦略的質問は「わかつてほしい」と思うコーラーの気持ちに 共感を示すことができる。「わかってもらえる」感覚はコーラーを自分の気持ちに素直に向かい合わせる。 そして、共有された解決へのイメージを構築していくことが、ブリーフセラピーが実践している傾聴である。

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